< home | 2003年目次 > 1_バンコク中央駅
> 2_タイ天国と地獄 > 3_混沌のアジアビーチ
> 4_カメ島へ行く > 5_パンガンに挑む
> 6_夢の終わり > 7_ハードコンタイ
> 8_赤土の大地へ > 9_恋するチェンマイ
> 10_山の子 > 11_故郷(ふるさと)
> 12_花見タイランド > 13_旅のトラブル > 14_時代 > 15_旅というレース
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花見タイランド チェンマイを離れたのは帰国の一週間前、3月21日の夜だった。帰国までの一週間、駄目押しの駄目押しでホアヒン(海)に行くか、それともカンチャナブリに行くか、私はバンコク行きの汽車に乗り込んでからも、まだ決めかねていた。 何だかんだで、海はいい、海は楽しい、大岩だらけだろうと、波が高かろうと、浜を「おんま」が歩いていようと、海は楽しいのである。 しかし、カンチャナブリも捨てがたかった。私は何とはなしに、カンチャナブリのあの町の雰囲気が好きである。バンコクからほど近い、人気の観光地のわりには、すべてがおっとりしていてがめつくない、あの雰囲気も好きだし、緑のクワイ川とジャングルがおりなす景観も嫌いじゃない。 やっぱりカンチャナブリに行こう。 そう決めるまでに、相当の時間を必要とした。 ちなみにバンコク行きの汽車はスプリンターと呼ばれる特別急行である。全席指定のエアコン車で、食事と飲み物がついてくる。この汽車は三両ないし四両編成と、タイの長距離列車にしては座席数が少ないのだが(通常は20両近い大編成でやって来る)、それでもかなりぎりぎりでも席がとれる、夜行であればなおのことだ。というのも、スプリンターは二等の寝台席よりも高価なのだ。それでも、昼間ならば食事付きのスプリンターも悪くはないが、夜行では食事よりもベッドがついてくる寝台のほうがいいのに決まっている。 そんなわけで、二等の寝台席は売り切れであった。一台前のスプリンターなら席があると言われて、不本意ながらスプリンターに乗ることになった次第である。多分この汽車の乗客の何割かも、不本意ながらスプリンターに乗ることになった人々であろう。 しかし、それにしても、タイ人の旅行荷物はすごい。いつ見ても、すごい。 西洋人旅行者の大荷物にも毎度おどろかされるが、タイ人旅行者の場合は、大荷物なうえに「ばか荷物」である。ギターにラジカセまではどうにか理解できるとしても、炊飯器に湯沸しポット、さらには容量十リットルは余裕でありそうな大きな氷バケツとか、扇風機とか・・。 ちなみにこれ、あくまで「旅行荷物」である、引越しをしようというわけではない。その証拠に彼らはこの荷物を持って「宿」にチェックインしてくる。宿といっても、田舎者が職探しに出てきた大都会で、当座の住処として安い旅社にチェックインするのではなく、リゾート地のバンガローやゲストハウスにチェックインするのである。だからこれは引越し荷物ではなく、数日間の旅行で使うための荷物なのである。 ふと見ると隣の席の男性は「枕」に頭をあずけて眠っている。 枕・・? 夜行のスプリンターではタオルケットは貸してくれるが、枕は貸してくれないはずである。 まさか・・。 マイ枕??? よく見るとあちこちに「枕さん」がいる。枕といっても旅行用の空気枕ではなく、家庭用の「超枕」である。 ギター、ラジカセ、炊飯器、湯沸しポット、氷バケツ、扇風機、枕・・。 何を持って旅に出ようが自由であるが、しかしそれを持ってくるということは、それを持って来たら便利だろうな、と思うから持ってくるのであろう。だから、ギターとラジカセまでは理解できなくもないのだが・・。だって、それがあったら便利かどうかは知らないが、でも楽しそうだなとは思う。しかし、炊飯器だの湯沸しポットがあったら便利だとか楽しいと思う、その気持ちは理解しかねる。 さらにはタイ人はそれらをひとつにはまとめない。 西洋人旅行者の大荷物ぶりは有名である。本当にでかい。全席指定のミニバスなどでは、荷物で座席が一人分埋まってしまって、もう一人分運賃を払え、これは荷物だ、何で運賃を払う必要がある?ともめているのをよく見かける。それほどに彼らの荷物はでかい。しかし、荷物はひとつである。せいぜいメインザックとサブバッグの二つ、もしくはプラスウェストポーチで、三つが限界だ。 それがタイ人の場合は、ひとつにまとまっていない。片手に炊飯器と湯沸しポット、片手にラジカセと氷バケツ、背中にギター、と、てんでんばらばらに持って歩く。遠目に見ると何事かと思ういでたちである、近目で見るとさらに何事かと思う。 ちなみに私が見た最高級にすごい人は、スーパーのビニール手提げに荷物を詰め込んで、五十個以上持っていたおばさん。持っていた、というのは語弊があるかもしれない、これだけの荷物、一度に持って歩けるはずがないので、「連れていた」とでも言ったほうがより正確な表現であるかも知れない。なおこの人物は、バンコク「国際空港」で目撃した。あの荷物を連れて、これからどこに行くのか、どこから帰ってきたのか、非常に気になるところである。 という話を帰国後、友人にしたところ、友人はこう答えた。 それじゃあ、下着は23番目の袋、とか、タオルは36番目の袋、とか、どっかに控えておかないと大変なことになるね。 ごもっともである。 だいたい、飛行機って持ち込める荷物の「数」が制限されてなかったっけ?どうやって飛行機に乗るんだろう、その人? そんなこと、私が知るはずがない。本人に聞いてくれ。 しかしタイ人の荷物は今日もわけがわからないし、今日もばらばらだ。 げ・・。 毛布さんまで発見してしまった・・。 そんなタイ人の荷物の正体がわかったのは、カンチャナブリでのことだった。 帰国を間近に控えた3月26日、この町中の人が、この町に行くと告げると知り合いという知り合いがすべて絶賛する、エラワンの滝とやらを見てやろうじゃないか、と、午前八時半ごろに宿を出た。 カンチャナブリ郊外にはこういった滝とか洞窟といった見所が点在しているのだが、いずれの見所も市街地から遠く、一箇所見るだけで一日仕事になってしまうのが難点である。エラワン滝も市街地から60キロほど離れたところにあり、バスに揺られて片道一時間半ほどかかる。そのため、カンチャナブリ市街の旅行代理店では郊外の見所を要領よく見て回れる日帰りツアーを大量に売り出しているので、私もそのパンフレットをもらってきた。 一押しの商品は「サイヨーク(滝)、温泉、洞窟、クワイ川鉄橋(戦場に架ける橋)越え」のセットで、一人380バーツ。これだけの見所を押さえて効率よくまわろうと思ったら、たぶん380以上かかるだろう、金額的にはオトクに見える。ちなみにサイヨークはエラワンに次ぐ人気第二位の滝だ。 しかし、一日で四箇所もまわったら、それほどはのんびりできそうにない。私としてはサイヨークと温泉だけでいいのだが・・。 私の好きな観光地に何故か「洞窟」というのがある。でもこのときは何故か洞窟よりも温泉に心惹かれた。でも私の興味のない観光地に「温泉」というのがあったりもするのだけど・・。 だって温泉って、「風呂」だろ?風呂なんか入って何が楽しい?暑いだけじゃないか! 温泉の最大の難点は「男女別浴」であることだ。せっかく連れがあるのに、連れと会話もできない、それが旅の最大の楽しみであるなどという、「温泉旅行」という旅のジャンル、そんなものは言語道断である。別に深い意味などなくても、どんなに年をとったって、連れがあって連れと一緒に旅をするなら、連れと一緒にすごしたほうが楽しいじゃないか。誰がわざわざ連れと一緒に旅に出て、別々に飯を食いたいと思うだろうか。 しかし、多くの日本人は今も昔も温泉旅行が大好きで、温泉旅行というと涙を流してありがたがる阿呆が続出するのだから、まったく理解に苦しむ。だいたいやっぱり、風呂は所詮風呂である、風呂以外の何ものでもないではないか。日本の心を理解しない単細胞だと言われても、風呂は風呂である。 その点、タイの温泉というのは、ぼこぼこ沸き立つ源泉を前に写真を撮ったり、またその源泉にタマゴを放り込んで温泉タマゴをつくってもくもくとタマゴを食べたりと、アベックが二人一緒に楽しめる観光地である。たまに入浴できる温泉もあるが、タイの温泉は着の身着のままどぼんが一般的で、その楽しみ方は海や川と変わらない、当然男女混浴である。 ちなみに温泉までは市街地から130キロ。ここから130キロも逆方向に進んだら、バンコクに戻ってしまう。カンチャナブリからバンコク日帰り!? この旅程でまわられたら、いくらプロがプロデュースするツアーとはいえ、要領よく要所を押さえるどころか、かつて我が国で流行った「カミカゼツアー」になってしまう。 そんなわけで、ツアーのパンフレットは見なかったことにして、とことことバスターミナルまで出向き、とことこと普通バスに揺られて、カンチャナブリナンバーワンだというエラワン滝に行ってみることにする。 エラワン滝は、華厳の滝のように滝の真ん前まで一気に車で行って滝を見て、きれいだねー、というような滝ではなく、ひたすら歩く、ともかく歩く。ここには七つの滝があり、第一の滝から第七の滝までは約二キロだそうだ。華厳の滝とはちょっと違うのである。 しかし滝公園に向かう人々はみな軽装だ。というのは西洋人観光客についてであり、タイ人観光客は重装備である。 西洋人観光客はあの大きなリュックをどこに預けてきたのか、手ぶらに近い装備で、着ているものは水着だけという、超軽装備。これを見る限りでは、この先の道はお気楽そうである。 そしてタイ人観光客は、片手に炊飯器と氷バケツ、片手に電気ポットとラジカセ、背にはギター、さらに大量のビニール袋(食べ物が入っていると思われる)と、重装備である。そう、私はここであのばか荷物の正体を知ることになるのである。が、ともあれ、このばか荷物持参でも進めるのなら、やはりこの先の道はお気楽そうである。 が、お気楽なのは二つ目の滝までであった。二つ目の滝までは平坦な遊歩道を進んでいく。大荷物であろうが丸裸であろうが、あまり問題はない。しかし三つ目の滝からは「山道」である。さらには夕べ、この季節にはめずらしい豪雨があったこともあり、足場が悪い。それでも西洋人は水着にサンダルで進んでいってしまうのだから、いったいがっさいどうなっているんだか・・。そしてあのばか荷物軍団はというと・・。 姿が見えない。 というのも、三つ目の滝からは道が悪いためと、飲食物を持ち込めないために、ばか荷物軍団はあらわれないのである。で、彼らがどこで何をしているのかと言うと・・。 二つ目の滝で大宴会をしているのであった。 二つ目の滝はそこそこに大きく、滝つぼでは水遊びもできるし、地面が平坦で傾斜が少ないので、荷物を全部広げてくつろげるだけのスペースが確保しやすいので、ここであのばか荷物をくずすのである。 そして出てきたものは・・。 何十本ものビール、飲料水、もち米、焼き鳥、カレー、そば、出てくる出てくる、宴会セットが・・。ラジカセのボリュームをめいっぱいにして、ギターをかき鳴らし、踊り歌う軍団も多発である。さらにはソムタム鉢まで持参のグループもいて、おっかさんてば滝まで来てソムタムを作っているではないですか。 ソムタムは基本的に作りおきはしない料理らしく、出来合いのソムタム、というのは見たことがない。屋台であれ立派なレストランであれ、注文を受けてからつくる。だからきっと、手弁当では持って来れないのだろう、弁当にしたら作りおきと同じことになってしまう。 それにしたって・・。 ソムタムでも焼き鳥でも売っている店がいくらでもあるのに、何で自宅からソムタム鉢まで持参して、ここでつくる??? 二つ目の滝の近くには売店もあり、またバスが発着する公園入り口にはたくさんの食堂もあるのである。しかしタイ人は滝まで来てソムタムをつくる。 たぶん、タイ人にとって滝は「花見」なのである。きれいな花があるから、花の下で酒を飲むように、きれいな滝があるから、滝の前で酒を飲むのだろう。花見の時期には多くの屋台も出るけれど、それでも手弁当を持参するのがいいのだろう。鉄板持参で焼肉なんか焼いてる軍団を思えば、滝まで来てソムタムをつくっているおっかさんも理解できなくはない。そして歌を歌って、踊り狂う。まあ、そんなところなのだろう。と、思うことにした。そうでもこじつけなきゃ、この狂気の景色に納得することができなさそうだったから・・。 そんなわけで、彼らが大量に持ち歩いている様々な旅行用品は、旅先で宴会をするための「宴会セット」だったのである。しかし、炊飯器と湯沸しポットの謎は解けない。電源もないところであんなものをどうしようというのだろう。謎である・・。 さて、再び山道に戻って、ひたすら歩く、とにかく歩く。岩場だろうがぬかるみだろうが、水の中だろうが、歩く。そしてたどり着いた七つ目の滝は・・。 乳水色の水をたたえる、とっても美しいところであった。途中の滝も真ん丸い滝だの、滑り台のような滝だの、いろいろあって、いずれもつくりもののようで、とても興味深かった。 そして、聞いたとおりに蝶がやたらと多い。脱いだTシャツに小さな虫がいっぱいたかっているので、ハエかと思ってはたいたら、それは全部ちいさな蝶で、いっせいに羽ばたいていった。足元にたかっている小さな虫も全部蝶であった。 蝶以外の虫や小動物もいる。宿や食堂でよく見かけるチンチョック(トカゲ)とほぼ同じぐらいの寸法の、しかしチンチョックとは種の異なるカラフルなトカゲもいっぱい見た。蜂も多くて、これには閉口した。猛毒を持つような大型の蜂ではないのだが、私の短パンのオレンジ色が気になるらしく、どこまでもあとをついてくる。また、ハエによく似た姿をしていて、蚊のように人の生き血を吸う変な虫(ブヨ?)にもまいった。 また、どこの滝壺にも魚がうようよしていて、佃煮にできそうないきおいだ。この魚は人を恐れない。通常、魚というのは、水に足を突っ込むと、蜘蛛の子を散らしたように逃げて行くものだが、ここの魚は逆で、水に足を突っ込むと、わっと寄って来て、みんなして人間の足をつつく。どうも人間の手足が彼らには「うまいもの」に見えるらしい。 結局、公園入り口から七つ目の滝まで行って帰ったら四時間ほどを要した。と言っても、途中で立ち止まってじっとソムタム軍団を眺めていたり、滝つぼで泳ごうと試みて魚につつかれてみたりと、寄り道もけっこう多かったので、正味歩いていた時間はそれほどではないだろう。また、私たち以外の多くの人も、同様に楽しんでいたようで、朝方バス停で見かけた人を夕方またバス停で大勢見かけた。 ということで、やっぱりあの旅程を一日でこなすのは無理である。少なくとも私には無理だ。 |
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