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| 2003年目次 > 1_バンコク中央駅
> 2_タイ天国と地獄 > 3_混沌のアジアビーチ
> 4_カメ島へ行く > 5_パンガンに挑む
> 6_夢の終わり > 7_ハードコンタイ
> 8_赤土の大地へ > 9_恋するチェンマイ
> 10_山の子 > 11_故郷(ふるさと)
> 12_花見タイランド > 13_旅のトラブル
> 14_時代 > 15_旅というレース
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| タイ天国と地獄 バンコク郊外にスアンサヤームという遊園地がある。ここは「タイのディズニーランド」という誇大広告のもとに運営されており、実際に行ってみるとやっぱり誇大広告だったんだなということがよくわかる、とっても「タイらしい」場所である。 ときにタイ人について「プライドが高い」と評価する人があるが、私はタイ人ってプライドが高いのじゃなくて「自信過剰」なんだと思っている。「実力の伴わないプライド」は、プライドではなく自信過剰というのだ。 そんなタイ人の国民性が顕著にあらわれているの場所のひとつが、スアンサヤームである。 タイまで行って遊園地?遺跡は?象は?ムエタイは??? そう思う向きもあるだろう。確かに、遺跡も象もムエタイも「タイ」ではあるし、それらの場所においても「タイらしさ」を見出すことは可能である。 しかしそこに一介の観光客が「現代文化」を見出すことは難しい。 歌舞伎や富士山、京都のお寺や皇居も「日本」ではあるが、それ以上に日本人が日常愛する場所、たまの休日に行ってみたいと思う場所が、現代日本を象徴している。 人気の連載ドラマ、人気のショッピングスポット、人気のゲームセンター、人気の遊園地。そういった物事や場所にこそ、移ろい流れる「現代日本文化」を見ることができるだろう。 日本人が好むタイの現代風俗のひとつに「市場」がある。そこには生活に密着した今現在のタイがあり、今現在を生きるタイ人の台所や寝室を、ほんの少しだけど垣間見ることができる。タイ人はこんな魚を食うのか、タイ人はこんな柄のカーテンを部屋にかけるのか・・。市場に並ぶ品物を見て、そういったことを感じた人も多いだろう。 遊園地もその延長にある。 たまの休みにタイ人が行ってみたいと思う遊園地、そこにはきっと現代タイがあるはずである。また、プライドばかり高くて実力のない、タイという国を見ることができるであろう。 私がスアンサヤームを訪問したのは平日であり、そのためか客足は細く、閑散としていた。 しかし。 いくら客がいないからって。 遊園地という「器」が営業してるのに。 店を閉めるか??? 土産物屋も食堂も、軒並み閉まっている。つぶれているんじゃない証拠に、店内をのぞき込むと、商品棚には商品が並んでいるし、テーブルの上にはメニューがある、ほこりまみれにもなっていない。たぶん週末は営業しているのだろう。呆れてものも言えないが、これが「タイ」なのである、これもまた「タイ」なのである。 また、敷地ばかりだだっ広くて、何にもない。何にもないと言ってしまうとあれなのだが、敷地の広さとアトラクションの数が合っていないのだ。ディズニーランドばりの広大な敷地を保有しておきながら、そこにあるのは荒川遊園ばりのアトラクションの数と内容なのだから、ひどく閑散として見えるのも仕方のないことだろう。当然ながら、アトラクション間の移動には、やたらめったと歩かされる。 タイの行楽施設は、押しなべて敷地「ばかり」が「無駄」に広い。たとえば、チェンマイの動物園。中国からのパンダの貸し出しが決まったチェンマイ(*1)の市民は諸手をあげての大喜びで、今か今かとパンダの到着を待っているらしいのだけど、ここもまた敷地「ばかり」が「無駄」に広い。野を越え山越え谷越えて、動物園というよりは「動物観察のできるピクニック」である。しかしここまで観光客を歩かせておいて、ようようたどり着いた檻にいるのは・・。 何故ニワトリ??? それでもニワトリだろうがハムスターだろうが、「何か」がいればまだいい。カラッポの檻もたくさんあって、せっかく歩いてきたのに「何もいなかった」ということもしばしばである。 ここスアンサヤームでもそれは変わらず、向こうに「何か」があると思って歩いていくと、ニワトリよろしくハリボテの城がぽつんとあるだけであったり、すでに廃止になったアトラクションの残骸がぽつんとあるだけであったりということがままある。 何故すでに廃止になったアトラクションをちゃんと片付けないで放置しておく??? すでに廃止になったアトラクションへ客を導く「幽霊案内板」も健在で、パンフレットにもちゃんと写真が掲載されているんだから、呆れてものも言えないが、これもまた「タイ」なのである、仕方がない。 しかし、スアンサヤームにしろ、動物園にしろ、開業当時はすべての枠を埋めるつもりでいたのだろう。だからこんなにだだっ広い敷地を用意したのだろう。しかしふたを開けてみたら、理想に現実が追いつかない。思った以上に維持費はかさむし、思った以上に収益もあがらない。仕方なしに、赤字のアトラクションだの檻だのをひとつひとつ閉鎖して、ごまかしごまかし運営を続けた結果が「これ」なのだろう。 こういったことを目の当たりにするたびに、私はタイ人を「自信過剰」だと思う。理想(プライド)ばっかり高くて、理想を実現するための実力を持っていない。もっと謙虚に、己の実力を認めて、実現可能な範囲で物事を展開していけば、荒川遊園クラスのものしかつくれないにしても、荒川遊園ぐらいはつくれるはずである。少なくとも、敷地「ばかり」が「無駄」に広い、なんていう結果にはならなかったはずだ。 また、こういったアミューズメントには恐ろしいほどにくっきりと国力が反映される。市街地だけを見るとそこそこに見えるような国でも、工業基礎がしっかりしていない国のアミューズメントは実にへなちょこである。工業基礎はおろか経済力もないような国には、こういったアミューズメントそのものが存在しない。 去年の今頃、ビザ取り旅行がてらタイから国境を越えて、マレーシアはランカウイを訪問した。マレーシアの経済力はタイよりもやや上である。しかし、そんなわずかな経済力の差が、しっかりとアミューズメントに反映されるのである。宿の近くに水族館があるというので、遊びに行った。日本の水族館と比べてしまうと寂しいもので、イルカのショーだの、水のトンネルなんてものはないが、少なくともそこには「カラッポの水槽」なんてものはなかった。カエルだろうが金魚だろうが、何かしらいる。これだけでもマレーシアの国力がタイを上回っていることを裏付けているのじゃないだろうか。 敷地「ばかり」が「無駄」に広いスアンサヤーム一番人気のアトラクションは「プール」である。これは実際にかなり立派なものであった。流れるプールと、波のプール、直線のスライダーに曲線のスライダーと、子供用のミニスライダー。常磐ハワイアンセンター並だ。ホントにでかいんだから。といっても、所詮常磐ハワイアンセンタークラスなのだが・・。 でもほかのものはすべて荒川遊園以下なんだから、それと比べたらこのプールはすごい!!! でも水が汚い・・。 いやいや、これは見なかったことにしよう・・。 多くのタイ人客のお目当てもこれだったらしく、プールだけは客がいる。しかし、水着の趣味はすさまじい。 タイ人はあまり水着を着ない。その証拠に、水着を売る店というのは著しく少なく、たまにあってもロクな品物がない。ビーチ沿いの土産店まで出向いてもたいした品物はなく、需要と供給のバランスが悪いためなのか、値段も高い。 じゃあタイ人はプールとか海に興味がないのか、と言うと、そんなことはない。不良ガイジンに占拠されてしまった悪名高い一部のビーチリゾートにはさすがにタイ人観光客は少ないが、タイ人に人気のビーチリゾートに出てみれば、いるわいるわ、わんさといる。しかし、水着人口は少ない。外国人の比率の高いビーチでは外国人の雰囲気に押されて思わず水着を着てしまったと思われる人もちらほらと見かけるが、外国人の比率の低いビーチでは誰もそんなものは着ていない。着の身着のままで海にどぼんだ。 しかし、プールと名のつくところでは、衛生管理の都合などから利用者の水着着用を義務付けていることが多く、ここスアンサヤームでも水着着用がプール使用時の条件である。とはいえ、水着なんか持っていないという人がほとんどなので、ちゃんと「貸し水着」のサービスもある。 この方が衛星管理上よくないと思うのだけど・・。まあいいか、自分が借りるわけじゃないし。 しかしこの貸し水着の趣味がすさまじい。男性用のものはよしとして、女性用のものはずばり「スカート付きスクール水着」である。 大の大人がこんなもの着るんかい??? 思わず目を疑いたくなるようなすごい水着なのだが、プールサイドに出てみると、いるわいるわ、わんさといる、スカート付きスクール水着風貸し水着の「大人」の女が・・。自前の水着の子も同様のデザインの水着の柄違いを着用しているのにすぎない。それさえも抵抗があるのか、「膝丈ワンピース女」まであらわれた。 あれはああいうデザインの水着なのだろうか、それとも水着に「スパッツ」を重ねばきしているのだろうか。どちらにせよ、日本人の目には「女子プロの衣装」にしか見えないのだけど・・。 東北の小さな町で、コインランドリーを見かけた。タイでコインランドリーを見かけたのは初めてである。興味深いのでしげしげと眺めていたら、店主らしき男が出てきて、日本人ですか、と、日本語で言った。 彼は五年間日本に滞在したことがあると言う。コインランドリーはその頃日本で見つけて思いついた商売なのかもしれない。また最近では妹が日本人と結婚して千葉に嫁いだと言う。親日兄妹である。 さてこの町にはプール付きのホテルがあるのだが、そこのプールは宿泊客以外にも一人30バーツで開放しており、週末ともなると近所の人々でにぎわう。プールサイドでのんびりビールでも飲みながら遠い祖国にハガキでもしたためようか、なんて思っていた外国人宿泊客はびっくりである。 前述したように、タイ人は水着なんて持っていない。よってここでもホテルが用意した貸し水着を借りることになるのだが、当然ながらそれらの趣味はスアンサヤームの貸し水着と同等ランクのものである。大の大人の「女」がそんなものを着ているだけでも充分にびっくりなのだが、さらにはタイ人の多くが泳げない。よってホテル側ではビート板(キックボードと呼んでいた)を用意していて、みんながこいつにつかまって浮いているのだ。たまに泳げる人がいても、ちゃんと泳げる人は皆無で、一見すると「おぼれているようにしか見えないような泳ぎ方」が主流である。ようするに、どうにかこうにか沈まないでいるだけ、というのが、タイ人の「泳げる」なのである。 こんなのが何十人もやってくるのだから、さしずめそこは「大田区営のお子様遊泳プール」といった趣きになってしまう。プールサイドでビールを飲みながら・・なんて気分にはなれない。 コインランドリーの店主は、あそこのホテルは安いしプールもあるし、いいホテルだね、というようなことを言い、でもホテルのプールでは水着を着ないとならない、というようなことを言った。 ホテルのプール、服を着てるはダメ、でもビキニはダイジョウブ。 店主はずいぶんとビキニにこだわっていた。ビキニはいまや日本の水着市場の上位を占めるデザインである。競泳用以外は100%ビキニだといっても過言ではないほどのシェアを誇っている。年頃の女の子がワンピースなんか着ていようものなら、逆にびっくりである。ビキニは西洋人女性にもダントツ人気で、こちらはお婆ちゃんまでビキニである。ついでにお婆ちゃんまでトップレスだ。申し訳ないけれど、ありがたくない・・。 しかしタイではビキニというのはよっぽどに刺激的で斬新なのだろう。店主は幾度も、ビキニはオッケーだと言った。そういえば本屋の店頭に「ジャパニーズビキニ」という雑誌があった。内容は他愛もないもので、ちょっと可愛い日本人の女の子の水着(ビキニ)写真が列挙されているだけである。しかしこんな本が発売される価値があるほどに、ここタイではビキニは刺激的なのである。 ということが、田舎のホテルのプールだの、スアンサヤームのプールを見ればおわかりになるであろう。 ちなみにスアンサヤームの入場料は一人150である。外国人は400である。暴利である。・・と、外国人の話はあっちに置いといて・・。 150といったら、決して安い額ではない。もちろん400は全然安くない。・・という話はあっちに置いといて・・。 150あれば何ができるかと言うと、ラーメンを七杯食っても釣りが10バーツも出る。田舎町でなら十杯食える。こういった観光地(遊園地など)の施設で食べたって五杯は食える。何でもよければ宿にも泊まれるし、普通バス(ポンコツ)でもかまわなければおそらくバンコクからチェンマイまで(約700キロ)移動することもできるだろう。これが150バーツの価値である。 400あればこの二倍以上のことができるのだから、400というのがいかに暴利か、おわかりになるだろう。・・という話はあっちに置いといて・・。 ともあれ150というのは円になおしてしまえばわずか500円足らずなのだが、ここでは決して安い額ではない。150バーツの宿代さえ払えなくて、ホームレスになってしまった男たちや、安いボンドで安い夢を見るのが精一杯のスラムの子には、途方もない額なのである。 まあ、それは日本でも同じことなのだけど・・。遊園地の入場料を3000円と換算して、3000円あればラーメン(600円で換算)が五杯も食えるし、何でもよければ(サウナとかドヤとか)屋根のある場所で眠ることもできる。しかしそれさえも払うことができずにホームレスになってしまった男たち、最近は女性ホームレスも増えているという、そんな人が東京にも大勢いる。 しかし、日本の貧乏は好きで貧乏しているという感の人も多いのだが、タイの貧乏には「貧乏にならざるを得なかった」という必然性を感じることが多いのである。 いくら不景気だリストラだといったところで、何でもよければどうにかこうにか食えるだけの職があるのが日本である。 たとえば、私が以前に働いていたところでは、本当に誰でも雇った。誰が見ても絶対に知恵遅れと思えるやつ、シンナー中毒で情緒不安の無断欠勤常習犯、絶対に体力的についてこれなさそうな年寄り、身元の確認ができない胡散臭いやつ、本当に誰だって雇った。だけどそんなやつらにも最低5000円の日当が保証されていた。 それが5000円じゃ女房子供を食わせていけないとか何とか(実際食えないだろうが)、そんな贅沢を言っているから、落ちこぼれてしまうのだろう。だってもう勤めるべき会社はないのだ、若くもないのだ、新卒だって就職難だというこのご時世に、これといった技能も持たないちっぽけなお父さんを、今までと同じ待遇で雇う会社があるだろうか。贅沢を言っているうちにわずかなたくわえなんか底尽きてしまう。たくわえを食いつぶして結局は一家離散するのなら、女房を田舎に帰して、子供を施設に預けて、日当5000円だって食っていくしかないじゃないか。人は死ぬまでは生き続けなければならないのだから・・。手ぶらになってしまえば、男一人食っていくのに日当5000円、どうにでもなる額である。贅沢さえ言わなければ社会の底辺で、最低限人らしく生きていけるだろう。安いなりにもアパートも借りられるだろうし、チャリンコぐらいは持てるだろう。 それじゃ嫌だと、だだをこねているうちに、わずかなたくわえは底を尽き、女房にも見放されて、にっちもさっちもいかなくなって路上に放り出される。日本のホームレスの多くがこういったふうにして生まれてくるのじゃないかと私は思う。だから私は、好きで貧乏しているようにしか見えないと思う。そうなる前にどうにでもしようがあったはずなのに、その時点でどうにもしなかったのは他でもない「本人」なんだから、好きで貧乏しているのだ、そうに決まっている。 実際にどうにもならない連中と一緒に働いて、前にも増してそう思うようになった。一日働いて5000円もらうと、その5000円がなくなるまでバっくれちゃうやつ。5000円が底尽きると、呼んでもないのにのこのことやってきて、給料を取りに行く電車賃がないから誰か210円貸してくれと言う。こんなことを繰り返していたら、いずれ最後の一線を越えてしまうのは目に見えている。 とはいえ、類は友を呼ぶ。どうにもならない連中は、恐ろしいことに「同じ場所」で「同じ仕事」をしている「仕事仲間」なのだ。あすこで働いている間、私は心底怖かった。ここでだけは「使えない」と言われたくはない、ここからさえ落ちていくのは嫌だと、強く、強く、思っていた。 それに引き換え、タイの貧乏には運命のような必然性を感じるのだ。 貧しい農村に生まれて、農村の暮らしだけではとてもじゃないが食うことはままならず、運命のように町に出てくる。そうはいっても、誰にでも最低限の職がある、とはいかないのがタイの現実のようで、これについてはタイ人の友人知人に時々指摘される。 日本ではもし仕事を辞めてもすぐに新しい仕事が見つかりますか。 アルバイトでも何でもよけりゃ、その日のうちに見つかるんじゃない?最近は不景気だからロクな仕事はないけどね。 それは不景気ではありません。 ん? どんな仕事でも仕事がある、それは不景気ではありません。もし私が仕事を辞めてしまったら、次の仕事を探すのは大変です。次の仕事が見つかるまではワランポーンの駅で暮らすしかありません。 同様のことを日本在住のイラン人にも言われた。 日本はすばらしい国です。私のような外国人にも充分な仕事がある。なのに何故、日本人は不景気だと言うのですか、仕事がないと言うのですか。仕事ならたくさんあるじゃないですか。イランには本当に仕事がありません。ゴミ拾いや風俗の仕事さえロクにありません。もしゴミ拾いの仕事でも国にあるのなら、私はゴミ拾いをします。でも、それさえないのです。だから私は日本に来ました。日本にはたくさんの仕事があって、私は今とても幸せです。日本は不景気なんかじゃありません。日本人は何か勘違いをしていると思います。 こんなことを言われると、なお日本の貧乏人は好きで貧乏してるんだな、と思う。 私は田園調布の町が好きです。田園調布の町並みはイランの町並みに似ていて、とても懐かしい感じがします。ときどき田園調布に遊びに行きます。 なるほど、イラン映画で見たイランの町並みは田園調布の町並みに似ていなくもない。 タイでもイランでも、何の技能もない田舎の青年がどうにかこうにか食えるだけの職にありつくことは困難であり、ワランポーンの駅舎から出られなくなってしまうのもまた運命のように定められている。それでもどうにかこうにかたどり着いたスラムでは、今日もスラム二世、スラム三世が生まれている。スラムの子として生を受けてしまったら、学習塾にも高校にも通えない、彼らが将来どうにか食えるだけの職にありつくこともまた困難なことなのだろう。 だけどここスアンサヤームには平日の昼日中から、タイ人の若者が大勢遊びに来ている。郊外という立地もあり、マイカーで乗り付けてくる人が多い。マイカーのほとんどは日本の若者にも高価な高級車で、日本車では若向けでスマートなホンダが人気だ。 彼らもまた豊かになる運命を持って生まれてきたのだろう。タイの貧乏が貧乏になる運命を持って生まれてくるのなら、タイの金持ちもまた金持ちになる運命を持って生まれてくる。 もちろん、例外もある。 チェンマイにUという友人がいる。Uは東北出身の青年で、現在はチェンマイで観光タクシーをやっている。Uは庶民である。我々がたまに大奮発して500バーツクラスの宿でも取ろうものなら、Uはモッタイナイを連呼する。どこそこホテルなら200バーツで湯シャワーがある、なにそれホテルなら250バーツでテレビもある、だから明日引っ越そう!と、しつこくすすめてくるほどの「庶民」である。 しかし我々(友人)には100バーツ単位の金をモッタイナイと言うUも、商売になるとシビアなようだ。Uは日本語が達者で日本人客をメインに商売をしているのだが、Uが客からもらうチップの相場は一人1000だという。最近は十五人の団体さんをとって、最後の日に20000バーツのチップをもらったと、とてもうれしそうに話していた。 ていうか、十五人もどうやって連れて歩くの? タクシー三台で観光する、ダイジョウブ。私のタクシー、友達のタクシー、みんなで観光、ゴルフ、カラオケ、ソープランド、どこでもダイジョウブ。 そりゃすごいね。で、日本語がわかる友達はいるの? いない。ガイドは私一人だけ。だからとても大変。でもチップ20000バーツ!!! 20000と言えば、公務員の月収四か月分である、上機嫌なのも納得だ。 日本の歌、教えてください。年寄りお客さん、「酒よ(吉幾三)」大好きです。だから「酒よ」の歌詞、知りたいです。もし、お客さんカラオケ行きたい、私、「酒よ」歌う、チップいっぱい!!! そんなUは、高収入の甲斐あってか、最近車を購入したという。たぶんセダンタイプの乗用車であろう。ホンダを買ったと、うれしそうに報告してきた。 タクシー(トゥクトゥク)は山の道(坂道)ダメ、雨の日ダメ、仕事ない。でも私、いま車ある、いつでも仕事ある。お金たくさん、ウレシイネー。私はお金持ちなりたい、お金持ちなります、そして日本に遊びに行く。 Uがかくも強く日本へ行きたがっている理由は後述するとして、Uは庶民から成り上がろうとしている「わずかな例外」の一人である。しかし、例外は所詮例外なので、やはり多くの人が「運命的な必然性」を背負って生きているのであろう。タイ人の人生の選択肢は、日本人の人生の選択肢に比べると、圧倒的に狭いように感じる。 しかし、手前(U)こそ「ボってナンボ」の商売をしているくせに、Uは私たちが使ったソンテウがわずかな距離に50バーツも取ったなんて話を聞くと(通常近距離のソンテウは一律10バーツ/チェンマイ)、それは高い!その運転手は良くない!どこか行くなら電話をくれれば私が車を出す(無料)!と怒るのだから、「タイ人摩訶不思議」である。 スアンサヤームを見たぐらいじゃ、20000バーツのチップを当然のように受け取りながら50バーツに激怒する「タイ人の真髄」までは見ることはできないだろう。激怒するUを目の前に見たって、タイ人摩訶不思議と思うだけで、その理屈(真髄)は見えてこない。 しかしここスアンサヤームにもまた「タイ」はある。現代タイ人が今現在行ってみたいと思っている遊園地、しかしそこはタイ人の国民性を象徴するかのようなおまぬけランドであり、またそこでは豊かなタイ人の豊かな休日を目の当たりにすることができる。 午後五時ごろ、遊園地を出た。都心はちょうど夕方のラッシュだ。タクシーはおそらく行きよりも高く言って来るだろう。と、覚悟はしていたが、やっぱり高い。400だと言う。 久しぶりに、金のことでもめた。すったもんだの末に300で折り合いをつけてもらったが、タクシーはひどく不機嫌だった。 ホームレスとシンナー少年が集結する混沌のワランポーンに戻ったのは午後六時を過ぎてからだった。そんな混沌のワランポーンには、金持ちから貧乏人、田舎者から外国人まで、多くの人がいて、じっと人の流れを眺めているだけで飽きることがない。しかしあまりじっと眺めていると、ときに会いたくない人を見つけてしまうこともある。 げっ、あれ、Yじゃないの? うそ??? うそじゃない、ほらあの暑苦しい男! げっ、まじだ!!! 人の流れの中に、小市民のYを見つけてしまった。ホントにこいつは小市民なのだ。悪人ではないが、うざい。私の苦手なタイプの人間である。言うことばかりでかくって、何もできやしない。苦手だ。 何でバンコクまで来てあんなのに遭遇しなくちゃならん!? そりゃYがバンコクから一歩も出ないからだろう? そりゃそうだ・・。 ていうか。あいつ、何のために海外旅行なんてしてるんだろう? だな。バンコクにずっと沈没していて、どこに行くでもない、何を見るでもない。いったい何が楽しくて海外旅行なんかしてるんだろう、あんな旅行、金と時間の無駄だよな。 小市民はうち帰って寝てろ!!! ワランポーンはまさに混沌のバンコク入り口である。 ■中国からのパンダの貸し出しが決まったチェンマイ(*1) |
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