< home2003年目次 > 1_バンコク中央駅 > 2_タイ天国と地獄 > 3_混沌のアジアビーチ > 4_カメ島へ行く > 5_パンガンに挑む > 6_夢の終わり > 7_ハードコンタイ > 8_赤土の大地へ > 9_恋するチェンマイ > 10_山の子 > 11_故郷(ふるさと) > 12_花見タイランド > 13_旅のトラブル > 14_時代 > 15_旅というレース >

バンコク中央駅


 バンコク中央駅ことワランポーン、ここを起点にタイの鉄道網は整備されている。カンチャナブリを越えてナムトックへ続く泰緬鉄道以外の長距離路線はすべてワランポーンが始発、そして終点である。
 2003年1月29日の夕方、私はバンコク国際空港に降りた。国際空港は鉄道駅にほど近く、町まで鉄道で行くのも悪くない。だいたい鉄道は安い。
 空港駅は国際空港駅というイメージからはだいぶんとはずれたローカルな駅なのだけど、最近は上下線の線路間に金網も張られて、だいぶん近代化されてきた。この網ができる前は人々が勝手に線路を横断していた。タイの鉄道駅はホームが低いので、階段を一歩降りるかんじで、簡単に線路上に降りれてしまう。
 線路とか運河のへりには貧乏な人が暮らしている、と、相場が決まっており、沿線には貧乏な家が延々と続く。汽車は市街地に近づくとがぜん速度を下げるので、一介の観光客にも貧乏な人々の暮らしが実にくっきりはっきりと見える。
 これじゃ、貧乏な家見学ツアーだ。
 きっとこれはタイ政府主催の貧乏な家見学ツアーなんだよ。
 そうか、政府主催だからツアー料金が破格なんだな。
 それにしてもよくもこんな線路キリキリに家を建てたもんだな。
 手を伸ばせば家屋の壁や柱に手が届く、そんな至近距離にまで貧乏な家が迫ってきているのだから、家の中は丸見えだ。さらには「南国仕様」のあばら家なので「壁」がない。すきま風に凍えて死んでしまうようなお土地柄ではないので、壁なんていうのは人目につくと格好の悪い場所にだけ目隠し的に存在していれば問題がないのだろう。むしろ高温多湿のジャングル気候では、風通しをよくしないと衛生面なんかに問題が出る。ゆえ、茶の間だの食卓なんてのは丸見えである。汽車の窓から外をぼーっと見ていると、茶の間でテレビを見てばか笑いしている子供とか、飯をかっ込んでいるお父さんと、目があってしまうこともたびたびだ。
 この国の貧乏人は貧乏が丸見えになってしまうこの住宅構造に疑問を持っていないのだろうか。他人ごとながら気になるところである。
 そんな貧乏な人々の家を見ながら、汽車はワランポーンに到着する。
 バンコクの玄関口ワランポーンには、これから旅立つ人、今到着した人、多くの人間がいて、彼らのフトコロを狙う抜け目のないやつらも大勢右往左往している。外国人の観光客が頻繁に接触するのは、旅行代理店の客引き(*1)だろう。
 コンニチワー、ドコイキマスカー!!
 最近は日本語をしゃべる人も増えてきた。しかし長文になるとまだまだ日本語の通用度は低く、挨拶だけは日本語だが、本題になると英語になってしまうことが多い。
 どこへ行くんだ、プーケットか、チェンマイか。ウチでは安くていいツアーをたくさん用意している。もちろんウチの店は政府公認(ホントかどうかは知らない)だ。ベストガイドを大勢そろえている。どうせならツアーで行かないか、安くて豪華だぞ。バスはVIPでドリンクもついている、どうだ?
 とまあ、このようなことをデタラメの英語でまくし立ててくる。シカトしてもシカトしても、何につけ人数が多いので 、次から次にニューフェイスがあらわれて、振り出しに戻ってしまう。
 これがオノボリさんのタイ人なら、もれなく人足出しが詰め寄ってくるのだろう。
 もう仕事は決まったのか、住む家は決まったのか。家も仕事もないなら、ウチで働かないか。ウチの仕事は寮つき飯つきだ、寮は新しくてきれいだし、飯も三食ついてるぞ。悪い話じゃないだろう。どうせならウチで働かないか、どうだ?
 しかし残念ながら、向こうからウチで働いてくれないか、なんて持ちかけてくる業者がまともな職を斡旋してくれることはないだろう。人手が集まらないような業種であったり待遇であったりするから、ウチで働いてくれないか、と、頭を下げてくるのである。この不景気なご時世、条件のいい仕事であれば、こちらから頭を下げて雇っていただくのが普通である。まして駅前で人足を集めている業者なんて、ロクなものじゃないと相場が決まっている。やっぱり就職活動は地道にするのがいい。
 もちろん、タイ人向けの観光業者もたくさんいるのだろう。田舎者のタイ人のすべてが職を求めてバンコクに来るわけではない。そこはやはりプロのカンで、きれいな身なりをしていても職を求めてやってきた人と、炊飯器を下げていても旅行に来ている人を見分けるのだろう。しかしやはり、ロクな業者はいなさそうである。
 駅を出ると、今度はホームレス軍団が待機している。乞食ではなくホームレスである。豊かそうな人に施しを求めるのではなく、自力で生きているホームレスである。おそらく彼らは駅構内には入れないのだろう、駅構内に一歩でも入ると一人もいなくなってしまうが、駅を一歩でも出ればホームレスがわんさといる。
 彼らはホームレスなので特に害はない。前述したように金をくれと言われることもないし、日本の場合と同様に彼らは押しなべておとなしい。やる気なさそうにぼさーっと駅のまわりに座り込んでいたり寝転がっていたりする。しかしうっかり吸殻でも路上に捨てようものなら(*2)、飛びついてくる。ほんの一瞬で吸殻を取られたその瞬間には、さすがにちょっとびびった。
 駅を出て、運河を越えて、駅からほど近い宿にチェックインした。ここの宿を使うのは初めてである。一泊550、湯シャワー、テレビ、エアコン、と、ホテル並の値段と環境だが、全体に薄暗く、安観光ホテルというよりは高級旅社である。
 初めてのタイでここに泊まったら、どう思うだろう。
 アヤしいと思うんじゃないの。
 私はパワーのある湯沸かし器(湯シャワー)とテレビに満足だったが、ふと過去の自分ならどう思うだろうと考えた。
 フロントの応対はビジネスライクで、客もソッケない。当然だが、そこそこの宿に泊まろうと思う人は、そこそこの金でそこそこの「プライバシー」を買おうと思っているのだから、そんなにフレンドリーなやつはいない。フロントもそれを心得ているのか、単にやる気がないだけなのか、馴れ馴れしく接してくることもない。
 むしろ200バーツぐらいのゲストハウスのほうが、客は往々にしてフレンドリーであるし、従業員の教育もなっていないので、仕事そっちのけで客と遊んでくれたりもする。
 もちろん、安い宿は安いなりだ。バンコクで200以下のゲストハウスだったら、シャワーと便所は共同と思って間違いがない。室内は非常に狭く、寸詰まりのベッドを一台置いたらもう足の踏み場もない、なんていうのが一般的だ。壁はベニヤ一枚で、隣室の寝息も筒抜け。通気性を保つために壁の上部が網戸(素通し)だったりもする。
 しかしこれだけ環境が悪いと、ルームサービスをお願いして客室でゆっくり朝食を・・なんて気分にはとってもなれないし、だいたいそんなサービス自体が存在しない。何もすることがないからテレビでも見てひまをつぶそうと思ったところで、テレビもない。じゃあ本でも読むかといったって、狭い室内というのは予想以上に暑いもので、ものの数分で本を持つ手に汗がにじんできて、読書にも熱中できない。
 ゆえに、せめて風通しのいいところへと、客が絵はがきの束や書物を抱えて、ロビーや食堂に集まってくる。そこでは客は往々にしてフレンドリーであり、朝夕の挨拶から、旅の情報交換まで、あっという間に打ち解けてしまう。だいたい便所が共同だから、朝夕は頻繁に宿泊客が客室外に出てきて、便所の前では隣人と顔を付き合わせ、朝夕の挨拶を交わすだろう。
 初めての海外旅行でタイに来て、一泊200以下のゲストハウスにチェックインしてしまったら、最初は室内外のあまりの環境の悪さに絶句するかもしれない。管理の悪さに不安を感じるかも知れない。けれど何人かの宿泊客と挨拶をして、世間話や旅自慢に花を咲かせ、お調子者の従業員にかまわれているうちに、安堵することだろう。もちろん、人には向き不向き、合う合わない、があるので、万人がそこに馴染めるとは限らないが・・。しかし馴染めなかった人でも、そこを「アヤしい」とは感じないだろう。
 手ごろなゲストハウスに快適な住環境を求めるのは難しいが、実はそこは見た目以上に明るく健全な場所であることが多い。明るさと健全さに気づいてしまえば、あとは劣悪な住環境に馴染むのみである。
 くらべて、ホテル(旅社含む)は、どんな安い旅社でも一応プライバシーは確保されている。ごく希にシャワー共同という旅社もあるようだが、私が今までに寝泊りした旅社にはそのようなところはない。一泊100クラスだって室内にシャワーと便所があり、安普請でも隣の寝息が聞こえるほどに壁が薄いということもない。
 そんな宿では当然だが廊下ですれ違うたびに誰もが「ハロゥ!」なんて言ってくれるはずもなく、大変静かにすごせるのだけど・・。慣れない町では逆に怖いかも知れない。もちろん高級ホテルはその範疇ではないが、手ごろな旅社ではそれを静かでいいと思えるかどうか、微妙なところである。
 薄暗い室内外、コンクリむき出しの壁や廊下、がっこんがっこんとうるさい超低速エレベータ、壊れた調度品、いまいち清潔感に欠ける便所やシャワー、無愛想な従業員や宿泊客。プライバシーが確保されているだけに、誰もかまってくれず、隔離されたような寂しさを感じるかも知れない。
 もし悪意の人が近くにいたとしても、誰も気づいてくれないのじゃないかな・・。
 そういう怖さや薄暗さが旅社にはある。そして実際に薄暗いのだ。すべての場所がどうにもこうにも光量不足で薄暗い。本を読むにもメモを書き留めるにも、いまいち明かりが足りない。
 ワランポーン駅近くの「ホテル」も、550とったところで根っこは旅社なので、ゲストハウス特有の明るさはなく、すべてがビジネスライクで淡々としている。旅社特有の薄暗さも否めない。
 初めてのタイだったら、どう感じるんだろう・・。
 そんなことを考えながら、晩飯を食いに外に出る。
 ・・・・・。
 何もない・・。
 ワランポーンには幾度か汽車の切符などを買いに来たことがあるが、いつも鉄道駅を利用するだけで、鉄道駅周辺というのは歩いたことがなかった。今回初めてワランポーン駅近くに宿をとって駅周辺を自分の足で歩いたのだけど・・。
 何もない・・。
 ワランポーンといえばバンコクの入り口である。ここにはタイ中からの汽車がついて、朝晩問わずに乗客を吐き出し、飲み込んでいる。悪質旅行代理店だの悪質人足出し業者が、てぐすねひいて待ち構えている、「混沌のバンコク入り口」なのだ。
 しかし、何もないのだ。
 駅構内にはコンビニから食堂、コーヒーショップに銀行に旅行代理店と、何でもあって、人も大勢いて、ああここはバンコクの入り口なんだなと思わせるが、駅を一歩出てしまうと、そこはただの「ヤミ」だった。
 もちろん大都会なので、街灯はある、信号もある。しかし沿道には食堂や雑貨店、コンビニといったものはきわめて少なく、とても静かだ。それでも昼間は華僑経営と思われる「公司」がぽつぽつとあるが、夕方になるとほとんどの公司がシャッターをおろしてしまう。人通りも少なく、たまに誰かいると思うと、それは決まってホームレスのおやじかシンナー小僧である。
 ホームレスのおやじが寝込んでいるので、ちらと彼を見たら、彼のズボンは尻が破けていて、不本意にもおやじのケツの穴を直視してしまった。他人様のケツの穴などを見る機会はそうそうにないので、ちょっとびびった。でもそれ以上に、ズボンがぶっちゃけて赤の他人様にケツの穴が見えても気にならない彼の人生っていうのに、びびった。
 この人、どういう人生をすごしてきたんだろう。いったいいつからケツの穴が通行人に丸出しになっても気にならなくなってしまったんだろう・・。
 おそらく彼も若い頃には夢とか希望とかあって、その夢をかなえるために夜汽車に乗ってこの町に出てきたのだろう。
 きょええええええ!!!あちょおおおおお!!!
 奇声に振り返ると、シンナー小僧が道端で安い夢を見ているところであった。
 ワランポーンの駅まわりには何もないけど、でもやはりそこは「混沌のバンコク入り口」であった。
 多くの田舎者が夢を求め金を求め、この町にやってきて、けれど全員が夢をかなえられるはずもなく、あわれ町から落ちこぼれていってしまうものも大勢いるのだろう。
 ズボンがぶっちゃけたおやじさんに妻子はあるのだろうか。もしかしたら遠い農村や漁村に妻子を残してバンコクまで出てきたのかも知れない。十年後には何十万バーツも持って村に帰るから、その金で車を買って村でたった一台のタクシーをやろう、とか、そんな約束をして村を出てきたのかも知れない。
 けれど今もしも彼の息子(娘)がバンコクに出てきてここを通ったとしても、互いに気づかないだろうな・・。
 そして、町から落ちこぼれた大人たちの一部はスラムの住人になる。彼らはホームレスよりは一段格上で、貧しいながらも家を持ち、廃品回収業などを営んで生計をたてている。そんな彼らの住む家が、空港からワランポーンへと続く線路沿いに広がる貧乏な家なのに違いない。中にはスラムの女と恋に落ちてスラムで家庭を持つものもいるだろう。
 そんなスラムで生まれたスラムの子が、あすこで奇声をあげているシンナー小僧である。
 もちろん金持ちの家に生まれたって不良になるやつはいるだろうが、金持ちのボンボンがシンナーなんかやるとは思えない。金さえ出せば、もっともっと良質のドラッグが手に入るはずだ。シンナーってのは質の悪い貧乏なドラッグであり、そんなものをやっていたら富層階級の不良たちからばかにされるのに決まっている。
 映画を見る金もない、カラオケ(*3)に行く金もない、ディスコに行く金もない、ナンパに繰り出す金もない。真面目に勉強したいと思ったところで、学習塾に通う金もなきゃ、高校に進学する金もないのだ。そんな彼らが買うことのできる「夢」のひとつが、「安いセメダイン」なのだろう。
 バンコク中央駅、ワランポーンのまわりは、良くも悪くもとってもドラマチックである。
 そして私は、幾度も思った。
 初めてのタイでこの景色を目の当たりにしたらどう思っただろう・・と。



■旅行代理店の客引き(*1)
 かつて彼らが代理店の人間であるとは知らなかった頃、真面目に相手にしてしまったことがある。たぶんそれほどの悪徳業者ではないと思われるが、相手にしてしまうとあの手この手でけっこうしつこい。汽車で移動するのだと言っても、その汽車は今日は運行されていないからうちでバスを用意する、などと言う。もちろんうそである(たぶん)。しかし私の目的地があまりにマイナーであったため(ツアーバスを用意する価値が見出せないレベルの町であったため)、わかったわかったどこへでも好きなところへ行きやがれ、と、追い返された。


■吸殻を路上に捨てる(*2)
 今はこれをやると罰金(たぶん2000バーツ)を徴収される。タイ全土に適用されているらしいが、守っている人は皆無。


■カラオケ(*3)
 日本式カラオケボックスが、ただ今人気急上昇中。デパートなどのゲームコーナーには一昔前のスタイルの小型ボックスが多数設置されており、客層は主に十代の中高生。学校が終わる夕方ごろに前を通ると長蛇の列になっている。特徴的なのは、全面ガラス張りで室内が丸見えであること。防犯上の理由からか、貧乏が丸見えな住宅構造をものともしない国民性のたまものなのかは不明。



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