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6_それぞれのホアヒン

 

 ワランポーンまで乗せてくれたタクシーは、ホアヒンは町も「海も」すばらしいと言っていたが、わたしにはホアヒンの海はいまいちだった。だからどうせならプール付の宿がいいなとおもった。
 せっかくのロウシーズンなので、プール付の宿にも手が届くかも知れない。
 もし手ごろなところがなかったら海沿いのゲストハウスを当たってみよう。
 ホアヒンの海沿いには景観のいいゲストハウスが何軒かある。

 ちなみにいままで泊ったプール付の宿で一番安かったのは250バーツ、これにはおどろいた。たぶんタイ人に言っても破格だと言うだろうが、当然場所はそれほどいいところではなく、東北の小さな町のはずれのホテルである。
 そこそこの観光地やリゾート地では、やはり500はくだらない。タオのプール付が700、チャアムで600、チェンマイで590。

 結局ホアヒンで見つけたプール付は750だった。プールが見える部屋は800だと言うが、見えたところでどうということはないので、750の部屋に決める。外国人にとっては雑踏に面した部屋も、それはそれでタイらしくて面白いのである。
 ここはちょっと余裕のあるタイ人がちょっと泊ってみたいとおもえるランクのホテルなのか、タイ人の宿泊客がおおかった。宿のはす向かいには、タイ嫁さんがタイ人は泊れないと言っていたかの外資系の高級ホテルがあり、韓国人の団体客に占拠されていた。
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 かの外資系ホテル以外にも、この町の高級ホテルは全部韓国人の団体客に乗っ取られているようで、どこの宿の前にもハングルの看板をさげた大型バスが待機しており、町のいたるところで韓国人の旅行者を見かけた。
 けれど、うちの宿にはいまはひとりも韓国人の宿泊客はいないようなので、おそらくほとんどがホテルがセットアップされたツアーで来ている団体客なのだろう。750クラスの宿がパッケージツアーにセットアップされることはあるまい。

 パッケージツアーを利用してタイに来たことはないのだけど、それらのパンフレットを見るのは好きで、わたしはときどきそういったパンフレットをもらってくる。パッケージツアーにセットアップされているホテルは、最低でも1000バーツクラスのホテルである。ホテル指定のツアーでは当然だがホテルのランクは上がり、5000バーツ以上のホテルがセットアップされているものもよく見かける。ちなみにはす向かいの外資系ホテルは1泊5000だか6000だと、かつてこの町で会った日本人夫婦が言っていた。

 ふたりは豪気な旅行者で、バンコク国際空港からホアヒンまで「タクシー」で乗りつけたと言う。
 いくらかかりました?
 2000ぐらいでした。
 ひょええ!!!
 金額的には6000円程度の話だが、その距離はハンパじゃない。ちなみにバンコクからホアヒンまで、汽車で所要4時間ほど。
 ホアヒンの発音が悪いのですかね、タクシーの運転手に何度も聞き返されました。
 発音が悪いのではなくて、ほんとにそんなとこまでタクシーで行くんですか?とおもって聞き返したのだろう。
 かつてわたしはタクシードライバーに「最長どこまでお客さんを乗せましたか」と聞くのに凝っていた時期があり、そのころ聞いた最長記録は東京〜会津若松で6万円というものだった。
 たぶん、ご家族の危篤とか特別な事情があったのでしょうね、お客さんは急いでる様子でした。
 ドライバーはそう言った。
 タイと日本の物価には約10倍の開きがあるので、会津若松6万円とホアヒン6千円は同じようなものだろう。そしてこの距離は「ご家族の危篤とか特別な事情がある人」が使う距離なのである。だから、ホアヒンまでと言われてぶったまげて聞き返したドライバーの気持ち、わからなくない。ましてテキは外国人である、タイの地理を把握していない可能性もある。
 以前にバンコクから「徒歩で」プーケットまで行きたいのだけど道を教えてくれないか、という日本人に遭遇したことがある。
 そんなつもりでタクシーに乗られたら、あとで運賃のことなどもめることにもなりかねないので、運転手は何度もホアヒンですかと、聞き返したのだろう。
 しかしふたりはそんなことには頓着しない様子で、バンコク国際空港からホアヒンまで、ドライバー氏にコーラをおごったりしながら楽しくやってきたようだった。
 わたしはふたりの話を聞きながら、タクシーという乗り物はやはりこういう人物が使うものなのだろうな、とおもった。

 そんなふたりが目指したホテルが、かの外資系ホテルだった。
 しかしふたりの所有のガイド本はあのホテルが現在のHに名前を変える以前の古いもので、Mホテルという名称で掲載されていた、宿泊料は1泊3000ほど。わたしの所有のガイド本にもそこにはMホテルがあると書かれていて、宿泊料はやはり1泊3000ほどと書かれているので、おそらく同じ時代のガイド本を持っているのだろう。
 実際に来てみたらM時代の倍ほどになっていて、あきらめました。いまはHの隣の安いホテルにいます。
 安いと言っても、2000か3000はするホテルだろう。何しろもとの予算が3000なのだから。
 そんな高級ホテルに予約もなしに飛び込みできてしまうふたりにわたしは面くらい、同時にとても興味深かった。
 ふたりもまた、数百バーツの宿に寝泊りしている人物の話を聞いてみたいようで、こちらに興味を示しているようだった。
 海沿いには500バーツぐらいの宿もあると聞いていたので、そういうところも見てみたのですが、ちょっと特殊な雰囲気の店が多いですね。1軒の宿では少しフロント係と話をして宿泊客の西洋人とも話したのですが、西洋人の宿泊客も少し特殊な雰囲気の人がおおいように感じます。

 弘法は筆を選ばない。
 しかし実際にはそんな人はごくわずかであり、ほとんどの人には自分の居場所があるのだと、父が言っていた。
 聞け、我が子。お父ちゃんは無能なんだ、お父ちゃんにはこの仕事しかできない。でもお父ちゃんはな、この仕事ならできるんだ。お前も俺の子だ、どうせ無能なのに決まっている。だけどどこかにお前にもできることがある。筆を選べ。お前の筆はきっとある。
 父は大宇宙の真理だの紀元前の世界だの意味不明なことばかり言うので、そのときは真面目には聞いていなかった。また始まったよ、そうおもいながら、話半分に聞いていた。
 だけどいまなら、父の言いたかったこと、わかる気がする。

 わたしには高級ホテルの敷居が高い。ドアボーイに迎えられて堂々と空室状況を聞きに行くことなどできない。事前に予約を取って行っても、とてもじゃないがかしこまってしまって、そこにいられないだろう。
 チップは何円が相場なの?だいたいいまはチップを払う状況なの?ドアボーイとポーターには別々にチップを渡すの???
 タクシーの釣銭を全額受け取るような人はタクシーの乗客には似合わない。ならばチップの額面に悩むような人も、高いホテルには似合わないのである。
 わたしはただ呆然と、ここがあの有名なホテルなのかと、外から見るばかりである。
 だけど、1泊100バーツの旅社には入っていける。
 部屋見せて。荷物預かって。名刺ちょうだい。町の地図ちょうだい。電話貸して。
 普通に話せる。
 だけどホアヒンで会ったふたりには逆で、ふたりは500バーツのゲストハウスの敷居が高いと言った。

 誰にでも自分の居場所がある、人間はそれほど器用な生き物じゃない。
 いまならあの酔っ払いの言いたかったこと、理解できる。
 同時にいつか堂々とホテルのドアをくぐってみたい、100バーツの旅社に泊るときと同じように楽な気持ちで空室状況を聞いて荷物を預かってもらいたい、とおもう。
 だけどそのとき、わたしにはもう100バーツの旅社は遠くになっているのだろうか。ここがあの有名なカオサン通りかと、遠くから呆然と眺めるだけなのだろうか。
 事実、カオサンはだいぶん遠くになりつつある。
 わたしのタイ旅行はカオサン通りから始まったのだけど、いまはもう訪れることもないし、別段訪れてみたいともおもわない。たまたま用事があるのなら行ってもいい、といった程度の感情しかない。

 ホアヒンは想像していたよりも俗っぽいところですね、もうすこし静かな町を想像してきたのですが・・。これならバンコクでそこそこのホテルを取ったほうが女房も買い物など楽しめるし、いいかも知れません。明日あたりバンコクに戻ります。
 そう言って、ふたりはホアヒンの浜を去っていった。たぶんまたタクシーでバンコクに戻るのだろう。そうおもいながら、わたしはふたりの背を見送った。

 しかし、前述したように団体旅行というのは恐ろしい。日頃絶対に赤坂の料亭になど近づけないような人々が大挙して高級ホテルに押しかけてくるのだから。チップの相場もわからない「ありふれた事務員さん」が押しかけてくるのだ。
 10月のホアヒンはまさにそんな感じで、それはそれで何だかすごい光景だなあとおもった。
 そして、チップの相場もわからない事務員風情でも外国人なら泊めてしまうくせに、タイ人はどんな大金を持っていてもお断りというタイ社会に少しばかりの理不尽さを覚えながら、海沿いのインド料理屋に入る。

 この食堂、1年か2年前に火事を出した。たまたまそのときわたしはホアヒンに滞在していて、以来ちょっと気になっていた。見るからに高級そうな店なのだが、高級と言っても日本人になら払えない額ではないだろう、そうおもって赴いたのだが、想像以上の高級店でちょっとかしこまってしまった。

 去年、火事があったでしょう?
 気を取り直してインド人スタッフに聞いたが、火事という単語がわからないので辞書を片手に、去年、この店、これ(火事)、あった、でしょう?と聞いてみる。するとインド人のボーイは丁寧な英語で、すいませんわたしはタイ語が読めない、と言い、タイ人のスタッフに辞書を差し出して、これは何ですかと聞いた。
 お客様はお仕事でお越しですか、どちらにお住まいですか、バンコク?チェンマイ?
 火事のことを知っていたのが気になったのだろう、タイ人のスタッフがテーブルまで来てそんなことを言った。
 インド人はタイ語の読み書きができないのか。
 わたしは火事のことよりもインド人のことのほうが気になっていた。
 彼がインド生まれのインド人なのか、タイ生まれのインド系タイ人なのかはわからないのだが、タイ語の会話はこなすようなので、おそらくインド系のタイ人なのであろう。
 店内にはタイ人スタッフがひとりと、インド人スタッフが数名。たぶん、タイ人スタッフがこの店のマネージャーなのだろう。
 タイではボスはえらそうにしてないとならない、部下とフレンドリーになんかすると信用を失う、と聞いたことがあるが、ただひとりのタイ人スタッフは背筋を伸ばし、見るからにボス然としていた。
 灰皿ください。
 マネージャーとおぼしきタイ人のスタッフに頼むと、彼は手近のインド人スタッフの目を見て、灰皿!とだけ言い、指を鳴らした。程なくインド人スタッフが灰皿を抱えてあらわれ、彼はそれを受け取ると、うやうやしく、どうぞお使いくださいと、テーブルに置いた。

 最初は店の高級ぶりに緊張していて気づかなかったのだが、火事のことやインド人のことなど考えながらメコンを呑んでいたら少しずつ落ち着いてきて、店内が見えてきた。
 客のほとんどは西洋人で、ほかにはわたしたちとインド系とおもわれる家族連れが一組いるだけだった。
 タイ人客がいないな・・。
 タイ人はインド料理に興味がないのか、それともこの店はタイ人お断りなのか。

 見ると店頭で道行く観光客にメニューを差し出し、お食事はいかがですか、とすすめているインド人スタッフは、タイ人の観光客には声をかけていなかった。

 

 

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