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2_バーンペーの舟タク

 

 出発の3日前、Dちゃんから電話があった。

 いま川崎にいるんだけど、いまからそっち行ってもいいかな?
 川崎?
 うん。

 Dちゃんは初めてのタイを先導してくれた知人で、わたしは6年前、Dちゃんの先導でバンコクとチェンマイを訪問した。Dちゃんは青森の人なのだが、年に何度か東京方面に来ることがあり、前回は確か1月の終わりにふらりとやってきた。

 聞くとDちゃんは明日のノースウェストでタイに行くという。

 奇遇だね、うちら明々後日のビーマンバングラディシュでタイに行くよ。
 そうなんだ?じゃあ、連絡ちょうだい。俺、国際電話対応機に買い換えたから。普通に携帯に電話くれればいいよ。
 そうなんだ?じゃあ連絡するよ。

 しかし、Dちゃんの電話はつながらなかった。調べるとタイにも「09」で始まる市外局番があり、それはスンガイコローク周辺だった。
 んーでも、「0」で始まる市内局番なんてあるのかなー?
 よくわからなかったが、何度も間違い電話をするのも何なので、Dちゃんに連絡を取るのはあきらめて、バンコクを出て行くことにする。
 落ち着いたらハガキの一枚でも出せばいいや。

 わたしにはバンコクは滞在地ではなく中継地なので、いまは「移動中」である。だから、「落ち着いたら」というのは「滞在地に到着したら」という意味だ。

 どうにもバンコクは苦手だ。町が大きすぎて手に負えない。
 しかし住むなら都心がいい。やはりいろいろと便利だから。
 都心は住むのにはいいけれど、遊ぶのには金と体力が必要だ。

 東京で遊ぶのはとても疲れる、疲れないで遊ぼうとおもったら金がかかる。
 目的地まで安く行きたいのならいくつもの電車やバスを乗り継がないとならないし、それらのほとんどは混雑しているし、乗り換えにはやたら滅多と歩かされる。この手間を省きたかったら金を使うしかない、タクシーに乗るとか、そういうこと。
 市街地には無料でノンビリ休める場所も少なくて、落ち着きたかったらコーヒーの一杯でも頼まないとならないし、町外れにちょっとした公園があったとしても、たいていはテントハウスに占拠されていて、一般人が缶コーヒー片手にノンビリできる雰囲気でない。

 だから東京は大好きだけど、遊ぶ町だとはあまりおもっていない。
 バンコクに関してもそういう印象が強く、どうもわたしはバンコクを避けてしまう。今回も東(ラヨーン)に行く中継地点としてエッカマイに一泊、南(ホアヒン)に行く中継地点としてワランポーンに一泊しただけで終わってしまった。

 ラヨーンまでのバスはいわゆる普通のエアコンバスで、車内のテレビでは「タイ警察24時」みたいのを放送していた。
 焼身自殺を図ろうと油(おそらく灯油)をかぶった男をオマワリさんが捕まえようとするのだが、何しろテキは油まみれなので、捕まえても捕まえても、まるでウナギのようにするりするりと逃げまくり、最後は数人がかりで捕獲するといった映像とか、日本でもおなじみの交通違反の検挙特集だとか。
 途中何度かスコールにあい、一部水没地区もあり、川のようになった道路をバスは走り、午後2時半ごろ、バスはラヨーンに到着した。

 バスを降りるとバスターミナルで待機していたタクシーがバーンペーに行くのか?と寄ってきたが、そんな先のことまでは考えていないので、わからないと答えたら、変な顔をされてしまった。
 わたしとしては、今日はラヨーンの市街地に宿を取ってこの先どうするか考えるつもりだったのだが、自分の行き先をわからないと言う旅行者にタクシーは呆れ、しかしあきらめずに市街地図を取り出し、ここはラヨーンだ、ここがバーンペー、バーンペーからサメットに行く船が出るんだ、サメットはいいぞ、と、説明を始めた。

 バーンペーにも宿はたくさんある?
 あるある!!!
 ふーん・・。じゃあ行こうかな・・。
 よーし、決定!!!乗れ乗れ!!!出発だ!!!

 タクシーと行ってもピックアップをチャーターしただけなので、タクシーの座席には暴風が吹き荒れる。
 助手席に乗れ、エアコンもある。
 運転手はそう言ったけど、煙草を吸いたかったのでその旨を伝えてタクシーの背に乗ることにする。
 タイの家屋は風通しがいいせいか、タイ人は閉め切った場所で空間で煙草を吸うのをあまり好まないようだ。エアコンのある(閉め切りの)空間はほとんどが禁煙だ。
 しかし、オープンの場所は何でもありで、汽車の連結部は喫煙所と化している。煙草を吸いたい人は連結部で吸って、車窓から吸殻をポイすればいい。タクシーもエアコンの付いたセダンタイプは禁煙だが、トゥクトゥクやソンテウ(ピックアップ)といったオープンカー(?)はかまわない。

 再三のスコールがウソのように晴れていた。

 そして港の舟タクでひと悶着。

 アジア旅の楽しみのひとつに「交渉」というのがあるが、わたしはどうもこれがあまり好きじゃない。この点では、何でも正札がかかっている日本の社会のほうが生きやすいと感じている。
 だからあまり値段の交渉でもめたことはない。基本的に納得できない金額なら断ってよそをあたる。そのうちにどこかで妥協点が見つかるので、適当な妥協点を見つけたらそこで折り合う。
 それがこの日にかぎってはひと悶着で、何と2時間もすったもんだ。

 舟タクはサメット行きのボートを斡旋しているらしく、サメットへ行けと言うが、何しろラヨーンから先の目的地を決めていないままにバーンペーまで来てしまったので、それよりもさらに先のことなどすぐには決められるはずもなく、ちょっと考えさせてくれと答えたのだが、サメットはいいぞ!と、サメットのすばらしさをトクトクと説かれ、新興宗教の説明会状態。
 それでも普段のわたしなら無視したのかも知れないが、このときは話を聞いてしまった。
 それはたぶん舟タクの人柄のせいだろう。セールストークというのはセールスマンの人柄やセールスマンとの相性が重要だ。セールスマンに不信感や不快感を抱いてしまったら、その先の会話が進みづらくなる。逆にノリが合えば商談が成立しやすくなる。
 しかし舟タクの言い値は安くない。
 ひとり600バーツという。ふたりなので1200だ。
 1200あれば何ができるだろう?
 バンコク(エッカマイ)のテレビ付ホテルに3泊できる。
 高いよ!
 日本語で言ったのだが、表情で意思を察したのだろう。今度は舟タクが高くない、オトクな理由をトクトクと説かれる。ビッグボート(乗り合いの船)に比べてこれだけ速いとか、これだけ便利だとか。
 ちなみに舟タクいわくところのビッグボートはひとり50バーツ。
 といってもわたしはこの時点ではビッグボートの値段は知らなかったのだが、でも距離から察するにせいぜい100ぐらいだろうとおもっていたので、1200は高いとおもった。

 もちろんわたしはガイド本も持っていて、そこには島に渡る舟の料金なども掲載されているのだが・・。しかしわたしの所有のガイド本は年季ものなので、ここに書かれている金額はアテにならない。
 97年のバーツショックを機に外国人用の公共料金の価格が改定されたらしく、公共料金に関しては当時の何倍にも跳ね上がっているし、ガイド本が出版されたころにはエアコンのなかった宿にエアコンが導入されていて、いざ行ってみると倍ぐらいの料金になっていたりする。
 地図さえもアテにならない。かつてはあった建物がなくなっていたり、名前を変えていたり。高速道路なんかないはずのところでタクシーに高速料金を請求されて、ナンだナンだと空を見たら新しい高速道路ができていたり・・。ちなみにこの本には当然ながらスカイトレインの路線図は掲載されていない。
 こんなガイド本を使っているので、ガイド本は大まかな町の概要や町の位置を把握するのに使う程度である。
 たとえばチェンマイに行くのなら、チェンマイはバンコクから何キロぐらい離れているのか、チェンマイはどんな町なのかといった歴史や文化の欄をぱらぱらと見る程度にしか使えない。

 舟タクは最初宿もすすめていたのだが、舟タクが斡旋している宿はいずれも安くなく、地理的にもあまり好みじゃないので、それはしつこく断っていたら、そのうちに宿の斡旋はあきらめたようで、安い宿がある浜に舟をつけてやるから、そこに行けと言い出した。
 地理的に好みでないというのは、舟タクのすすめる宿はいずれも島(サメット)で一番にぎやかな界隈にあったという意味である。
 といっても、古いガイド本を持って先のことも考えずに歩いているので、どこの浜がにぎやかなのか知る由もないのだけど、舟タクがここの浜はナンバーワンで何でもあってとても楽しいところだと言ったので、額面どおりに受け取ってお断りした。

 わたしはあまりナンバーワンが好みじゃない。ナンバーワン(東京やバンコク)での経済的滞在は体力勝負になりがちなので、ナンバーツーぐらいがいい。適当な金があれば適当に休める、そんな町外れが好きなのである。

 バーンペー到着から1時間以上もめて、ようやっとこ1000バーツで舟をチャーターすることが決まったが、1000バーツという金額そのものにはあまり納得していなかったというのが本心である。それでも1000バーツで折れたのは、やはり舟タクの人柄なのだろう。
 この人になら1000バーツ払ってもいいかな。
 わたしはそうおもった。

 チェンマイにばかみたいに稼ぐ友人がいる。彼は日本人相手の観光タクシーをやっていて、日本人客からはチップを1000バーツ単位でもらうと言っていた。
 宿屋などで住み込みで働く下働きの子たちの月収は1000〜3000ほどだそうで、公務員でようやく5000だそうなので、1000バーツのチップはタイの常識では考えられない高額だとおもうのだが、しかし彼には1000バーツのチップを払わせてしまう魅力があるのもまた事実なのだろう。
 ちなみに友人は階級(?)で言うなら庶民だが、物腰が柔らかく理知的で礼儀正しく心根の優しい人物である・・と、わたしはおもっている。
 おそらくその人柄が客にもわかるのだろう。
 彼にチェンマイを案内してもらった謝礼に1000バーツを払うのは惜しくない、そうおもわせるものがあるのだろう。

 バーンペーの舟タクはチェンマイの友人とはだいぶん違うキャラではあったが、それでもわたしの客としての感情に訴えるものを持っていたのだろう。その証拠に、舟タク屋には彼のほかにも数人のスタッフがいたが、他の人物の話には興味が持てなかった。

 しかし今度は両替でひと悶着である。バーツの所有が少なかったので、両替所はどこにある?と聞くと、ウチでやってやると言うのだが、ひどくレートが悪い。これでまた1時間ほどもめる。

 しかし実際には「もめた」というよりも、「交渉していた」というのが正しいのだろうな。ケンカ腰になることもなく、互いに粘り強く手前の要求を出しつつ、おだやかに笑顔で「商談」をすすめていた。
 これが東南アジアや中近東で言う「交渉、商談」なのだろうか。

 しかし気になることがひとつあった。
 バーンペーを離れる間際にセブンイレブンに行きたいからちょっと待っていてくれと言ったら、舟タクはセブンイレブンなら島にもあると言い、それでも行きたいと言ったら、舟タク屋から見える位置にセブンイレブンはあるのに、それじゃセブンイレブンまで送ってやるとわざわざ「別のセブンイレブン」まで車を出したのだった。
 舟タク屋から見える位置にある「あのセブンイレブン」に行かれては困る理由は何だろう。
 あそこに「何か」がある。

 わたしはそう感じながらバーンペーをあとにした。

 

 

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