3_遠回りの旅
舟タクが斡旋していた「スピードボート」はタイの観光地でよくお目見えする木製のロングテイルボートではなく、ヤマハの小型クルーザだった。といっても、タイの乗り物の「看板」はあまりアテにならないので、ほんとにこいつがヤマハなのかどうかはいまいち信用できないのだが、それでも舟の程度はよく、何につけてもめちゃめちゃ速い。ほんとに「スピードボート」である。ビッグボートでなら1時間近くかかる距離をわずか20分で進んでしまう。
ま、ビッグボートで行ったところで所詮は1時間なんだけどね。
しかし陸から1時間程度で行けるというのもあり、わたしは正直サメットにはあまり期待していなかった。バーンペー自体、バンコクから3時間ちょっとでたどりつけるしね。
しかしスピードボートが乗りつけた浜は予想に反してすばらしいところだった。
海の透明度も色も水温も、浜全体のロケーションも、すべてがいいところだった。
また、にぎやかすぎず、静かすぎず、ちょうどいい。
さて・・。適当なバンガローに当座の居所を決めて荷物をくずし・・。ここでわたしはようやくひとつのことに気がついた。
確かに思いおこせば舟タクが「入場料」がどうしたこうしたと言っていた記憶はあるのだが、そのときはあまり真面目には聞いていなかった。それがここに来て疑問になった。
入場料、どうしたんだろう???
サメットは国立公園に指定されている、国立公園なら入場料を徴収するはずだ。念のため、例の役に立たないガイド本を確認してみると、島の北部の桟橋付近にエントリーポイントがあり、島を訪問する観光客はここで入場料を支払うとか書かれている。南にも桟橋があり、ここに到着する場合はエントリーポイントがないので、下船時に桟橋で徴収されるとか何とか・・。
だけどわたしにはその入場料とやらを支払った記憶がない。
だいたいエントリーポイントもへったくれも、スピードボートは舟タクおすすめの(安い)バンガローがあるという浜に直接舟を乗りつけ、わたしは海水浴客でにぎわう浅瀬に直接飛び降りたのだ。この状況で、いったい誰に入場料を払えばいいのだろう。
・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
舟タク屋が公園事務局に代納してくれたのか、それともあの舟は「ヤミ」だったのか・・。
ちなみに公園の入場料は外国人ひとり200バーツ。もちろんこれもあとで知るのだけど、浜の物売りに聞いたら200と言い、島を出るときに事務所前を通過したので再確認したらやはり200だった。ちなみのちなみに、タイ人はひとり20バーツ。
人気の国立公園の外国人料金はばかげて高い。
ときどき理不尽におもうこともあるが、それが定価なのでどうにもできない。
また逆にこの国には「タイ人お断り」という変な制度(?)もままあるので、互いの理不尽さを足して引いたら結局のところはプラマイゼロなのかも知れない。
冒頭にも少しふれた外国人向けの旅行代理店が用意するチャーターバスは、公共のバスの半額程度であったりすることがあるが、これらのほとんどはタイ人が利用することはできない。というのは2年ぐらい前に知ったこと。
また一部の高級店や一部の経済的な宿にもタイ人は入れない場合がある。バンコク最大の安宿街であるカオサンにはそこここに「タイ人お断り」の貼り紙が堂々と出ている。外国人にも「タイ人との同行を断ります」と言いたいのだろう、大多数の人にわかるように「英語」で貼り紙を出している。
高級店ではこんな下品なことはしないが、やんわりと「満席です」と言われたりすることがあるという。タイ語でのみ「会員制」の看板をかけている店もおおいと、とある本に書いてあった。しかし実はツアー客(一見さん)でも何でも「外国人」ならオッケーだと言うのである。だからようするに、この文字(会員制というタイ語)が読める人物(タイ人)はお呼びでないというのである。
近所に住んでいるタイ嫁さんが言うのには、某外資系チェーンのお高級ホテルはタイ人客を泊めないらしい。ただしここは全面的にお断りなのではなく、外国人との同行ならば問題はないとかで、過去に何度か旦那(日本人)の名前で予約を取って泊ったことがあると言った。
わたしはまさか・・とおもった。
だけど思いおこせば一部の高級店ではまったくタイ人を見かけないことがある、ここはタイなのに・・。
ちなみにこの外資系ホテル前を後日通過したら、韓国人の団体客に占拠されていた。
団体客なので、申し訳ないがそのホテルには不似合いな人物もかなりの率で混じっていた。
自国じゃ赤坂の料亭になんか近づけないような人物が、ツアー旅行だと世界に名だたる高級ホテルにチェックインしてしまったりするのだから、ツアー旅行というのはある意味すごいとおもう。
それは、日頃は体験できない非日常を体験できるという団体旅行の魅力であると同時に、団体旅行の怖さでもあるとおもう。
赤信号はみんなで渡れば怖くないのか?
怖くないのだ、実際。わたしは都市部での道路横断にはタイ人の軍団のあとをついていく。田舎町の夕暮れ時も(犬が追いかけてくるので)地元風タイ人グループのあとをついて歩く。
これで人生どうにかなるのだから、やはり赤信号はみんなで渡れば怖くないのである。
でも、みんなで渡れる赤信号にも限度があると、ときどきおもう。
高級ホテルに短パンゴムぞうり?アタマにタオル巻いて入るの?
それでも外国人なら泊めてくれる高級ホテルも高級ホテルである。
タイ嫁さんがタイ人は泊れないと言った高級ホテルの前で、わたしはこの国の国立公園の外国人料金にかんじたのと同じ種類の理不尽さを感じていた。この理不尽さを足して引いたら、プラスマイナスはゼロになるのだろうか。
ともあれ・・。舟がヤミだったにしろ代納してくれたにしろ、公園の入場料を差し引いたらあの舟もあながち高くはなかったのかも知れない。当然だが、浜に直接乗り入れているので、桟橋から浜までのタクシー代もかかっていない。ついでに舟代の1000バーツには帰りのビッグボートの船代も込みになっている。
これをすべて差し引いたら、結局のところはそれほど高い買い物ではなかったのじゃないかと、波の音を聞きながら考えた。
しかし、我ながら「またも」遠回りをしたものである。
結局はサメットのような人気の国立公園に来るのなら旅行代理店でチャーターバスを手配してもらえば話は早かったはずなのに、わたしときたら雨のエッカマイをほっつき歩き、バスに揺られ「警察24時」を見ながら、舟タクと2時間もすったもんだして、ここに来たのである。
たぶんおおくの外国人旅行者はチャーターバスを手配してここに来るのだろう。その証拠に、島には大勢の外国人旅行者がいたけれど、移動中はただのひとりも見かけなかった。
これはいつものことで、「またも」遠回りをしてしまうわたしの移動中は、ほとんど外国人を見かけることがない。たまに旅行代理店経由でバスや舟を用意してもらうと、外国人のおおさにぶったまげる。
でもこれが「いつものこと」なので、これが「わたしの旅」なのだろう。
今回は観光というよりも「リゾート」が目的だったので、毎日毎日わたしはリゾートらしく呑んだくれてすごした。
何しろ今回は2週間しかないので、わたしの遠回り旅ペースで精力的に観光なんかしていたら、移動だけで終わってしまう。だから目的地は最大で2ヵ所、リゾートメインで過ごそうとおもっていた。
いままでほとんどはずしたことのなかったチェンマイも予定からはずし、チェンマイの友人知人にはバンコクから土産を郵送した。中身は自家製CD(海賊版)なので、国際郵便で送ったらかなりの率で消えてしまうだろうとおもって、あえて税関を通さずに送れる国内郵便で送った。実際にこれまで医薬品だの記念切手だの、ちょっと特殊なものはかなりの率で消えている。
ちなみに当初の目的地はパンガンだった。
しかしパンガンは遠い。
かなり要領よく移動してもバンコクから片道10時間はかかる。さらには、雨季という季節も問題だった。悪天で舟が欠便にでもなったら洒落にならないので、2-3日の余裕を持って陸に戻ったほうがいいだろう。
そんなことを考えていたら、何だかパンガンが遠くにおもえてきた。出発前夜のことだった。
そして、パンガンの代わりにおもいついたのが、ラヨーンだった。
ラヨーン行きのバス、東北の町で何度も見かけて、気になっていた。東側の海にも町にも訪問したことがなかったので、東側そのものにも興味があった。
結局、行き先がラヨーン(サメット)&ホアヒンに決まったのはかなり出発も間際になってからだった。
え?ホアヒンとサメット???
帰国後、先のタイ嫁さんはちょっとおどろいた。どうも地理的におかしいとおもったらしい。
確かにいまあらためて地図で見ると、おかしい・・。どうしてこの2ヵ所に同時に行こうとおもったのだろう。
だから、バンコクからサメットに行って、サメットから一度バンコクに戻って、それからホアヒンに行って・・。
何でこんな効率の悪いことをしたんだろう。
ちなみにそれは、東京から仙台へ行って、東京に戻って京都に行って帰ってきた、というようなスケジュールである、かなり効率が悪い。
それでもそこに行きたかったんだし、行けたんだからいいじゃないか。